ゲノム編集ベイビー誕生についての備忘録
すでにあちらこちらで取り上げられているから何を今さらなのだけれど、例によって例の如し、メモがてらということでまぁ。冒頭のヴィデオは The He Lab、今回の話題の賀建奎研究室の YouTubeチャンネルからのもの。今回の発表に合わせて作られたもののようだ。談話は英語で行われ、多少文字が小さめだけれど一応英語字幕もついている*2
実際に双子は生まれたのかどうか怪しむ声もあるようだが、ネット上のたぶんそれなりに信頼出来そうな話をまとめてみると、生まれたことは確かだがそこに至るプロセスに技術的倫理的問題がいろいろあるというところに落ち着きそうだ。
ゲノム編集ベビーに関するインフォームドコンセントのコピーを発見。「オフターゲットのせいで赤ちゃんに何かあっても責任とらんで」「感染者の父親由来で、母体もしくは赤ちゃんへHIV感染があっても責任とらんで」。。これは。。やばい。。 pic.twitter.com/Hs6hbNwUUr
— HattoriM (@HattoriM) November 28, 2018
今回のゲノム編集ベビーに関する当該病院の倫理委員会の審査申請書。最後に審査意見として「同意」の署名、押印があるが、病院側としてはこの申請を把握しておらず、偽造の可能性ありとのこと。どんどんやばい感じに。。 pic.twitter.com/ziMzQjR4Ed
— HattoriM (@HattoriM) November 26, 2018
報道によれば、中国当局は調査を開始しており、ことと次第によっては厳重に処分するとかなんとか。そうなれば、冒頭のヴィデオも削除されてしまうかもしれない。今のうちに見ておくに如かず。派手さはないけれど、構図や焦点深度や照明や、あれこれ実は細かなところまでていねいに撮られている。この水準の撮影は、日本の大学関連の広報ではめったにお目にかかれないし、日本の有名YouTuberのヴィデオでもまず見られないものではないかしら。だから当初は、大学なり行政なりの上の方がバックについていたりするんぢゃないかと邪推していたんだが……。
実際に意図通りにゲノム編集が成功していたとした場合、たぶん表舞台で賀建奎氏が研究を続けることはなくなるだろう*3。でも、中国のこととなると……という懸念を抱くヒトも相当出て来るんぢゃないだろうか。人権なんて屁とも思わない政府の下では、たとえば優秀な軍人を量産するというようなショッカー紛いの事態だって、裏では進行しているなんてなことありそうぢゃないか。というようなことをいったん考え出すともういけない。動物実験レヴェルでは、学習能力を高めることなんかにはすでに成果が上がっていた(はずの)ゲノム編集だから、エリート官僚なり学者なりを量産するという手だってあるかもしれない……*4。そういう疑いが広がれば、西側先進国の中にだって極秘裏に……というようなことが起こるかも。起こらなくても、そういう懸念と噂が広く共有されてしまう疑心暗鬼状態が生じる。それだけで世界がより一層面倒臭いものになるのは避けがたいかもなぁ*5。う~ん。
ゲノム編集ベイビーが成功したとして、広く世間にこの技術が用いられるようになるとしたら、ダメな遺伝子、劣った能力を生み出す遺伝子、そういったものは改造してよく出来るという考え方が同時に広く受け入れられるようにもなるということだろう。それって、もうほとんど優生思想みたいなものぢゃないか。そこいらへんから生じるアレヤコレヤの悶着は避けがたいものとなるに違いない。
一方、目の前で苦しむヒトを見て手をこまねいているだけでよいのかという考え方は強力なものになる。福祉を通して社会的な支援を強化するのは当然のこととしても、苦しみそのものは放置し続けるのか*6。その苦しみを除去出来る技術があるにもかかわらず……。となると、ゲノム編集技術を使わずにはいられなくなるのが多数の人情ぢゃないか。実際にカウントしたわけぢゃないけれど。
あと、生まれた(はずの)ルルとナナの現在がどうなっているのか、研究が停止された後の2人がどういう扱いを受けることになるのかということ、そのあたり、気になるよねぇ。ゲノム編集ベイビーの是非とは別に、生まれてきたヒトがいるという動かせない事実。
こういう面倒がある話題だと、入試小論文では狙い目の一つになる可能性はありそうだ。医学系生物系法学系あたり。で、今回の界隈に関する基礎的な知識をまとめて頭に整理するには以下のヴィデオを利用するのが手っ取り早いかな。
現在では日本語字幕も利用出来るようになっている*7。話題のポイントは要領よくまとめられているものの、Kurzgesagtが公開しているヴィデオって科学技術イケイケドンドンの立場からまとめられているものがほとんどで、懸念される問題点の扱いは浅薄に見える傾向がある。そのへんにはよく注意しておく必要がある。為念。
あとはメモをちゃんと取っておくこと。映像教材の類は、わかりやすく手取り早い学習が可能なことが多い一方で、わかった気になりはしてもわかったつもりのことが身についていないことが多い*8。そのへん怠りがなければ、小論文問題に対応するレヴェルならだいたいのところ間に合うだろう*9。
補遺ホイホイ
その後、
との報あり。中国で"Zero Tolerance"なんて云われるとヒドくおっソロシイな。
*1:タイトルからのリンクは、上のヴィデオを含む「Lulu and Nana Born in China After CCR5 Gene Surgery」のplaylist冒頭ヴィデオのリンクになっている。
*2: 一見ついていないものでも、英語字幕は利用可能になっている。利用方法は、いくつか下の脚註に書いておくので参照されたし。
*3:とか書いていたら、「中国科技省、ゲノム編集「違法」 研究者の活動停止を指示」(共同通信)という報道が……。
*4:いや、動物実験について云われる「学習」と、ヒトのお勉強という意味での「学習」では、いささか隔たりが遠いような気も致しますがぁ。
*5:似たような事例としてパッと思い起こすのは旧ソ連時代KGBが流した「HIVはアメリカが作り出した生物兵器である」という噂、今でいうならフェイクニュース、最終的にはアメリカの有名ニュースキャスターさえ信じて報じてしまったというヤツ。それだけのことでも、ヒトビトに信じられると面倒この上なしというとこいらへん、NewYorkTimesの公開しているヴィデオがずいぶんオモシロイので必見。cf. 「Meet the KGB Spies Who Invented Fake News | NYT Opinion」(NewYorkTimes, YouTube)、「The Seven Commandments of Fake News | NYT Opinion」(NewYorkTimes, YouTube)。前篇、後篇になっている。
*6: 病的な苦しみでなくとも、たとえば受験生くんなら、「天才を作り出す?「賢い遺伝子」の研究は是か非か」(ナショナルジオグラフィック日本版サイト、2015年)あたり、君自身には手遅れだとしても、オツムの足りない苦しみを救うものと見えるかもしれない。
*7: 利用するには、再生をポーズしておいて、まず再生画面右下の「CC」をクリック、次に歯車メニューを開いて「Subtitle/CC」をクリック、「Japanese」を選択する。で、再生を開始すればいい。
*8: 教材に限った話でもないか。TVドラマでも、翌朝になってもあらすじをちゃんと語れるヒトは半数に満たないらしい。自分で確認し直す作業というのはそういうあたりでも必要なんだな、面倒臭いけれど。
*9: ただし、医学系生物系の場合、生物で学んだはずの知識を試す出題がある可能性もある。そのへんは、当方門外漢なので触れない。各人志望校の過去問を確認し出題傾向を考えて、もし不安があるようだったら生物の先生に相談してみてちょ。