カぁラス、なぜ啼くの?
抑揚とニュアンスに富んだ啼き声が気になって窓を開けたら、ちょっと離れた電信柱にコイツがいた。
どう見ても碍子と話をしているとしか見えない。
自分を取り巻く環境やそれを構成する要素を擬人化して捉えることは、ヒトであれば珍しいことではないだろう。自然に様々な神々を感じ取るというのはその典型例であるかもしれない。そういう心の動きは、ヒトにおいて唐突に現れたというものでもないだろう。そういう心が醸成されて来た、ちょー付でなが~い進化論的時間を何となく想像してみる。カラスが碍子に魂魄の萌芽を感じる瞬間なんてなものがあったとしても不思議ではない、のかもしれない、というような気がする。