本日の埋草/具象の中の抽象、、、

 映像の「加工」をせずとも興味深い形や形や色彩のゆらめきを見出だせる。場所がタイムズスクエアともなればいろいろ多様なあれこれに出会えそうでもある。

 偶然の形と色の生成に、ではハッと息を呑む瞬間があるか、というとそんなでもない。なんとなく撮影編集への執着が不足しているようにも見える。

 どういう企画があってのことなのかはわかんない。前々からアイディアがあって、たまたま遭遇した雨、慌てて撮影機材とひっ担いで雨の街へ繰り出したというような即興的な作られ方だったんだろうか。雨の夜の濡れた舗道の表面が見せてくれる形や色彩の興味深さ、実はそうそうしょっちゅう本格的なヤツに出喰わせるものではない。個人的な生活の文脈の中では興味深いものと目に映ることはあっても、それを写真なりヴィデオなりに収めて他人様ヒトさまの前に差し出して同様に面白いものになっているかどうか。このヴィデオにしても、どうしてもその一夜に拘泥しなければならない理由はなかったんぢゃないか。幾晩かの撮りためからの編集ということが考えられて良かったんぢゃないか。

 でも、そんなところは撮り手にとって先刻ご承知。むしろ計画をはみ出したところで捉えられる偶然の造形みたいなものがおもしろいと感じられてのことなのかもしれない。すべての場面が魅力的であるかどうかなどもとよりどうでもよろしい。人為的な制作ではなく偶然の造形を愉しむことのほうが重要ではないか。東洋での陶芸のように、仕上がりのすべてをコントロールしようなどといういかにも西洋的な芸術創造ではなく、ヒトの意志を貫くというような強欲を捨てた映像なのだと思って眺めるべきものなのかもしれない。

 実のところ、映像そのものの本格的なゲージツセーとかアートとかを狙ったわけではなくて、ホレ、みなさん、ちょっとふだんと違うところに目を向けてみると、こんなにおもしろいものが見られるんですよ、と軽い企画、即興的でいくらか雑なところこそ愉しむべきうながしなのだと、受けとめるべきなのだろう。出来上がりそのものにアレコレのケチをつけてみても、野暮としかいいようがないというところか。

 

なぜ、これがアートなの?
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 別にアートでなくったっていいんですけどね。