只今のBGM/悲しみに満ちた歌

 ヘンリク・グレツキの『交響曲第3番』。

 この作品は1976年に作曲され、翌年ドイツのSWRで初演された。1993年にノンサッチ社から発売されたデイヴィッド・ジンマン指揮、ロンドン・シンフォニエッタドーン・アップショウ(ソプラノ)による録音はベストセラーとなった。これはベストセラーになることを当初全く予期しておらず、単なるグレツキのロンドン・デビュー以上のものではなかったと伝えられている。実際はとある放送の番組内でテーマ音楽としてこの曲の第2楽章を取り上げ繰り返し放送したことが、イギリスの人口に膾炙した原因である。……

ヘンリク・グレツキ 作風 第二期」 - Wikipedia*1

というのがアレだな。音楽そのものが己の力で評判を勝ち得たというのではなく、音楽評論家の評価のおかげでヒトビトに知られるようになったというのでもなく、第2楽章を「取り上げ繰り返し放送したこと」が評判と売れ行きの原因になったというのって、なんだか実に20世紀後半らしい売れ方ぢゃないか。

 ヒトは如何ようにも音楽を聴くことが出来てしまうので、聴いていればまだましなくらい、ただただBGMとして聴き流すことも多くの場合可能だし、people hearing without listeningってなもんで聴いているつもりが実は評判のほうにしか耳は向いていないというカワチノカミ的な事態だってシュッタイする。結果としてなのかどうか、このエントリも書けてしまうというふうに世界は出来ている。

 音楽に政治的なあれやこれやを盛り込むことを無闇に嫌うヒトたちがいる。音楽がイデオロギーの道具として扱われることを嫌うからなのだろうか。意味のないことだと思う。如何様に政治的な話を織り込んだ作品を作ったとしても、道具としては機能するという保証はない。マタイ受難曲を聞いたからといって、感動のあまりキリスト教に改宗する日本人など僅少だろう。宗教も政治もマツリゴト、似たようなものなのぢゃないか。

 歌の言葉がゲシュタポ強制収容所の独房の壁に刻み込まれたものに拠っているといっても、ポーランド語という知らぬ言葉で歌われてしまえば、It's all Greek to meというわけでギリシア語みたいなもんだ。そういう、本当ならば作り手が作品に籠めたのかもしれない深甚なるナニガシカを無視しての受容は人間精神への愚弄であるかのように語られもする。しかし、ほんとうにそうだろうか。そういう語りは、まったく逆に人間精神なるものの傲岸だったりしやしないのか、みたいなことを考えたり考えなかったりする今日この頃だったりするのだけれど、もう書くのが面倒臭くなってきちゃったので、今日はこれでオシマイ。

 

 そんなこんなで夏が終わってしまったという現実は、きわめてSorrowfulなのでございますね。

 

*1: 2014年9月9日午前、コピペ引用。