小論文の解答例ってなもんは、丸暗記するもんぢゃぁございませんよ

 これは吉岡先生のおっしゃるとおりなんだろうなぁ。解答例を完全に暗記するなんていうのはそもそもナンセンス。件のコメント、ホントのところは、理解しておかなきゃいけない解答例の理路がつかめていないということもたぶんあるんだろうなぁ。語彙力の不足があり理路の成り立ちがわからないとすれば、暗記したところで応用の利かせようもない。小論文問題の出題内容は多様であり、吉岡先生の参考書を読むレヴェルの受験生が志望する大学を考えると、解答例の丸暗記でホイホイなんとかなるとは考えにくいだろう。

 とはいえ、一方で、結構な難問に出喰わした際に、解答例にあったフレーズや段落に救われたというような話を合格者から耳にしたことも大手予備校時代には何度もあった。そういう話を聞いた受験生さんが、そうか解答例を暗記しちゃえばいいのか、みたいなふうに勘違いすることがひょっとするとあるのかもしれない。

 実際のところ、そういう合格者くんと話をしてみると、ぴったり予想通りの出題がなされて、条件反射的に解答例のフレーズなり段落なりが思い起こされてホイホイ答案が書けちゃったというようなおめでたいお話は、まず滅多ない。予想外のテーマの予想外の出題、はてさて困った困った、でも課題文の議論は授業でやった別のテーマ問題で考えた理屈と形そのものは似ている、そうか、ここいらへんの事例の扱いを入れ換えて考えれば理屈そのものは解答例のパタンでナントカ処理できるかも……というような具合で解答例が役立った、みたいなことに話はたいてい落ち着く。

 とどのつまりは、所謂「丸暗記」のおかげで助かったというのとは、ちょいと話の筋が違う。学んだことを自分で咀嚼して、特定の問題への解答例にすぎなかった言葉に含まれていた考え方を他の問題にも通用させ得るものへと応用、普遍化できたからそれなりの評価が得られたというような具合なのだ。

 というわけで、解答例の丸暗記は、もちろんやってもバチは当たらないが、あんまり直接のご利益は期待できないシロモノぢゃないかな。まずやるべきことは他にあるってことになる。そこをしっかりこなした結果として解答例が頭に入っちゃったということなら、それは全然悪いことじゃないだろう。暗記でホイホイで済ませられないとなると面倒臭いと感じるかもしれないけれど、まぁそいつでこなせちゃうケースは滅多ないと考えておいたほうがいい。

 

 それに、こういうとアレなんだけれど、世間様に出回っている解答例が仮にわかりやすいとしても、それが正確なもの、間違いのないものであるという保証はない。とくに予備校なんかが出している入試直後の速報モノなんかの場合はそう。そいつをそのまま活字にしちゃってる問題集の解答例なんかはちょっと気をつけておいたほうがいいこともある。参考書類にだって怪しいのがないわけではない。

 たとえば、これは必ずしも致命的な誤りっていうんぢゃない粗探しみたいなもんだけれど、たまたま目に入ったこの春の事例を一つ挙げてみる。

 オリンピック憲章第9条には、「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競技であり、国家間の競争ではない」とある。だが実際には、表彰式の国旗掲揚などの演出などによって、競技は国別対抗の様相を呈している。こうしたナショナリズムを刺激するような演出は……

 とある予備校のサイトで公開されていた、とある大学のスポーツ関連学部小論文の解答例冒頭*1。パッと見、あぁ、スポーツの理念を語る際にさっとオリンピック憲章を思いついたのはいい感じだな、とは思ったのだ*2。僕も同じ問題を扱う折があったら真似してみっか(^_^;)……ありゃ、でも「第9条」って何よ、「第9条」って、ってな感じ。現在の「オリンピック憲章」を目にしたことのあるヒトなら、きっとパッと見でそう感じるんぢゃないかな。

 たぶん、昔何か二次的な文献で読んだきり知識の更新が行われないまんまだったか、ネタにつまってあれこれググるうちに古いんだか不正確なんだかの情報を掲載しているサイトの文言に飛びついたかしたんぢゃないかと想像するのだけれど、そこいらへんはどうでもよろしいんで、えっと要するに「オリンピック憲章」、少なくとも現在のそれには「第9条」なんて存在しなかったんぢゃないかな?

 細かいアレコレに立ち入るのがここでの本旨ではないので、そこいらへんは「オリンピズム | オリンピック憲章」(JOC) はてなブックマーク - JOC - オリンピズム | オリンピック憲章で、2013年版(今のところ最新版)の「オリンピック憲章」でも参照してほしい。目次を見た段階で、そもそも「第◯条」って表現が奇妙に思えるんぢゃないかしら。

 上の解答例、「オリンピック憲章第9条には」なんて書かずに「オリンピック憲章には」とでもしておけば良かったのにね。そういうことであれば、引用されているのとほぼ同じ文言が現在の憲章中にも登場する。単語に少々違いがあるけれど、原文を参照できない受験小論文なんだもん、そのへんは問題のない誤差の範囲だろう。

 こういう不正確って受験生が漠然と想像しているよりは多いみたい。たぶん、他人様から見れば僕だって似たような誤りを仕出かしていることだってあるんぢゃないかな\(^o^)/。ただし、この程度の不正確はまだ軽微なものだといっていい。答案の評価にかかわるような類の不正確も、速報類の解答例にはたまにある。市販の参考書類にだって存在しないわけでもない*3。だから、少しくらいは警戒しておいたほうがいいんぢゃないかな。大量の解答例の類を丁寧に読み込んで精査しているわけぢゃない僕の目にも、それなりの頻度で目につくんだもん。大げさに騒ぐようなことぢゃないだろうけれど、そういうこともあるということで。

 いずれにしても、せっかく丸暗記してもその知識が不正確なものだった、ってんぢゃぁ、入試本番で問題がなくったって、いずれどこかでその「知識」をうっかり披露して赤っ恥をかくことになっちゃうってくらいのことはあるだろう。

 

 とまぁ、そんなこんなで、解答例を丸暗記の対象として捉えるのはそもそもの小論文対策としてナンセンスだし、うっかり暗記したおかげでしくじる危険だって存在しているわけなのだ。

 だからして、解答例は、まず理屈の組み立て方に注意を払うべし。まずはとりあえず信頼して読むのはいいとして、でも解答例にちょっとひっかかるなと感じるところがあれば、調べられるものなら調べてみるとか信頼できる先生に尋ねてみるとかするのが賢明だというところか。面倒臭くったって、実際に世の中そうしたもんなんだから、まぁ仕方ありませんね。うー。

 

 吉岡先生のロングセラー。この10年かそこいら、いろんな小論文の学参が現れては消えていったけれど、結局良書が生き延びているということだよなぁ。これから始めるヒトは、まずここから。

 構成がしっかりしていて、学習手順もよく考えられたものになっている。学生さん・社会人さん一般にお薦めしておいてまず間違いないと思う。大学受験生に向いているかどうかはちょっとわかんないけれど、その指導者さんが教えるべきことを考えなおしたり添削の質をあげたりするのには有益だろう。並の文章術指南書は読み飽きたぜぃってな強者つわものさん(?)にも、かな。

*1: 批判が趣旨ぢゃないのでリンクは張らない。どこの予備校の速報だろうとあり得る話。どこのことだか勘繰らぬがよろしい。

*2: だって、スポーツの理想的なありようなんて、語ろうとすればどうとでも語れるわけでしょ。たとえば、《しかし、私は、スポーツとは本来「人間同士をつなぐもの」であると思う》とか何とか。そういう語り方よりは話の通りはいいし、あぁスポーツに対して、平均的受験生よりは日頃から関心を抱いているんだな、ってふうに見えるもん。

*3: もちろん、僕が読んだかぎりでは吉岡先生ので見かけたことはないです。はい。