AI時代におけるヘタウマ復権の可能性について

 via. 「元女子高生AI「りんな」、エイベックスでメジャーデビュー--“自然な歌声”のMV公開」(CNET Japan)hatebu。技術的な話やavexとの契約については、そっちの記事を参照されたし。

 まぁびっくりしますわね。

 コンピュータによるヴォーカルとなるとてっきりボカロ的な声質を思い浮かべがちなところに、ここまで自然に聴こえてくるものを提示されると、細かいケチのつけどころを敢えて穿ほじくり出すよりも素直に驚いておくほうが正しい受け止めだわね。

 しかしなぁ、こういうシロモノの登場によって最も打撃を被るのは歌のうまいシンガーさんぢゃないですかね。ヴィデオのようなポップスとなると、AIヴォーカルにはやはり一儲けを企むヒトたちがまず手を出すことになるに違いない。avexが手を出したというのもなんだかその証左ぢゃないか。そういう場合、過去のヒットの歌唱を大量に学習させたりして、より多くのヒトにウケるであろうタイプのヴォーカルを模すことになるだろう。つまり、まぁうまいヴォーカルだ。上のヴィデオだって実際にそうなっているといっていいんぢゃないか。

 そうなってくるとAIヴォーカル時代のヒト・シンガーさんが目指すべきなのは、ヘタウマヴォカリストということになるかもしれない。もちろん、技術的にはそうしたヘタウマ=下手糞だけれど味わいがあるヴォーカルもまたAIによって模すことは可能であるかもしれない。ただし、そういうヴォーカリストは、たとえば上のヴィデオがそうであるような、主としてティーンズをマーケットとする音楽での需要は少なそうであって、ロングテールな需要にとどまらざるを得ない。したがって、そういう性格ゆえに一儲けを目論むヒトたちの魔手から逃れたところでの活動が可能になるのである。

 

 問題はロングテール的需要が、ヒトの音楽活動を支えるだけの規模に達するかどうかである。顧みるに、日本ではヘタウマかつ幅広い知名度を誇るシンガーに思い当たる節がないような気がする。たとえば、北米なんかであれば、僕自身の好みの中からだってパッと思いつくところを並べることが出来る。

 あるいは、ポール・サイモンPaul Simon)やボブ・ディランBob Dylan)だってそうした歌い手としてあげてもいいんぢゃないか。レナード・コーエンポール・サイモンあたりになると、ヘタウマではなくて下手糞なだけかもしれないくらい。でも、彼らは*1、自身の歌唱によってもヒット曲を生み出し得ている。ロングテールに埋もれないヒトたちだといえる。しかも、わざわざAIを使って歌唱を模してみようというヒトの現れにくそうなタイプでもあるだろう。SSWの強みって括りも可能なのかな。

 何にしてもメジャーシーンでもそういうヘタウマさんががんばれる包容力のあるマーケットなら、ロングテールでヘタウマさんががんばれる場所にもそれなりの広がりがあるんぢゃないかしら。

 一方の日本では、そういうタイプのアーチストってなかなか見当たらないんぢゃないか。吉田拓郎あたりが辛うじて、なのかなぁ。個人的な興味だけなら友部正人とかチト河内みたいなヒトを思い浮かべることだって出来る。より若い世代でも、西中島きなことか笹口騒音とかだって。けれど、彼らはデカい売れ行きとは縁がなさそう。日本でヴォーカルがウマいとは云い難くて、なおかつある程度のヒットと結びつく歌唱ということになると、一群のアイドルがそれに相当するかもしれないが、これは歌でウケているとは云いにくそうだしなぁ。

 メジャーでウケないならロングテールでがんばればいいと考えたいのだけれど、メジャーでの彼我の差を考えると、日本ではロングテールにおいてもアメリカ以上にヘタウマは苦戦を強いられることになっちゃうのかもしれない。このへんは甘くない状況認識が必要かも。

 まぁしかしとにかく、ヒトがウマいと感じるヴォーカルをAIが簡単に実現してしまうとすれば、さしあたりヒトが目指すべきはヘタウマシンガーさんってことになっちゃうんぢゃないかというのが本日昼間の結論ですかね。う~ん。AIが得意とするところをヒトに目指させちゃダメで、ヒトにはヒトにしか出来ないところを目指させなきゃとかなんとかになると、どこかで目にしたお話になっちゃうって感じなんだけれど\(^o^)/

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
 

 

*1: そういえば、女性ではこういうタイプのヴォーカリストには、少年ナイフを唯一の奇貨としてその他にはパッとは思い当たる節がないかな? これはこれで興味深い現実かも。この点は日本でだって、辛うじてユーミンのヴォーカルがアレなくらいか。女性ヴォーカルではヘタウマはあんまり認められないというのも、差別とかなんとかになっちゃうんだろうか。