ここのところのうだうだ/歳をとるとはどういうことか。

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2014年3月

 何という花か思い出せずに写真とともにわかんない旨をTwitterにあげたら、 「@nean さんしゅゆ ぽいですね。」 と、tigayamさんからお教えを賜る。そうだ、山茱萸だ。

 ネットってつくづくありがたいもんでございますねぇ。

 

 うっかり書く折を逃して、余計なご心配をおかけしたけれど、その後母は退院。手術のほうはうーんちょっと、という結果だった。けれど、別に症状が悪化するというようなことはない。歳をとれば致し方ないということはいくらでもある。本人は多少気を落とした様子だっだが、徐々に取り直しつつある。とりあえず、ご報告。

 

 今のような仕事をしていると、親御さんとお子さんとを眺めて考え込む機会がどうしても増える。そういう折を持った上で自分の親の言動を間近で改めて観察したり思い起こしたりすると、あぁ親のこういうところが自分のしかじかのムニャムニャを形成したのだなというような、気づかずに済ませておけばいいことにむやみに思い当たったりする。こんな「今さらだからどうした」系の善きにつけ悪しきにつけ取り返しのつかないことで有難がったり恨んだりしてもなぁーんの意味もないんだけどさぁ\(^o^)/。

 

 「X21 『「明日への卒業」リリースLIVE 3月22日@ 池袋サンシャイン』」(YouTube)hatebuで、ひさびさに小澤奈々花さまを目にして、相変わらず中学生には見えないよなぁ、とTwitterで呟いて、過去のtweetを眺め直していたら……、《@nean 「畏るべき子供たち」で、子供を自分に擬する時代が終わり、その親や祖父母に思い入れする年頃になったわけですねwww》と、吉岡先生からのお言葉*1。いやぁ(^_^;)。

 

φ(..)メモメモ

 それぞれの見出しが全然記事の内容を集約できていないのがアレだなぁって感じだし、まだこの対談は連載の途中みたいだけれど、中身はいろいろ興味深かった。

 で、読んでいるうちに、夏目漱石「教育と文芸」のことを思い出した。漱石が取り上げる明治以前の日本の教育って、対談で語られているヤンキー気質のありようにすんごくよく似ているように思えたからだ。

 さて当時は理想を目前に置き、自分の理想を実現しようと一種の感激を前に置いてやるから、一種の感激教育となりまして、知の方は主でなく、インスピレーションともいうような情緒じょうしょの教育でありました。なんでも出来ると思う、精神一到せいしんいっとう何事なにごとか不成ならざらんというような事を、事実と思っている。意気天をく。怒髪どはつ天をつく。へいとして日月じつげつ云々うんぬんという如き、こういうことばを古人はさかんに用いた。感激的というのはこんな有様ありさで情緒的教育でありましたから一般の人の生活状態も、エモーショナルで努力主義でありました。そういう教育を受ける者は、前のような有様でありますが社会は如何どうかというと、非常に厳格で少しのあやまちも許さぬというようになり、少しく申訳がなければ坊主ぼうずとなり切腹するという感激主義であった、即ち社会の本能からそういうことになったもので、大体よりこれが日本の主眼とする所でありました、それが明治になって非常にことなってきました。

夏目漱石「教育と文芸 ――明治四十四年六月十八日長野県会議事院において――」(青空文庫)

 ね? 明治以前の教育、結構ヤンキーでしょ。こういう度難い田舎臭さ、ずっと日本の深層心理みたいなもんとして21世紀になっても生き延びていたということなのか。やっぱ、日本の課題はこんなもんを取り戻すよりも近代のやり直しですな。いやはや。

 

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*1:【復旧時註】ご発言を検索できずハイパーリンクを設定できなかった。冒頭のtigayamさんの場合は、twilogを利用しておられたので検索出来、リンクも設定できた。過去ツイートの再利用のためにはtwilogの利用はもはや必須ぢゃないかなぁ。

*2:【付記】元エントリ公開翌日に新たに加えられた斎藤環と與那覇潤の対談。