すでに時宜を逸した話題だけれど……。
気になったのは、「恐怖マンガ『首吊り気球』まさかの無料公開。東京上空に「巨大な顔」が出現してトレンド入り」(ハフポスト)で取り上げられた『首吊り気球』との類似の受け止め方のこと。『首吊り気球』は、もう無料公開期間が過ぎてしまったのでホイホイご覧いただけないのがちょいとアレだけれど、登場する「気球」、たしかに冒頭ヴィデオの気球と形状が似ていないわけではない。で、ツイートなど眺めているとリアル気球の頭部の企画者さんが『首吊り気球』に対して言及していないことを難じていたり、中にはアイディアの剽窃があるかのように匂わせたりというものも……。でも、そういう受け止め方はどんなもんなんですかねというあたり。
《アートチームのメンバーが中学生の頃に見た夢から着想を得た》*1という話は、たぶん信じていいものなんぢゃないか。だって、空を飛ぶ頭部というのは歴史的にも地理的にもあちこちに転がっているイメージなんだもん。知らず識らずのうちに眺めていたものを夢に見てしまうというのは、よくある話ぢゃないか。
最初にこの巨大頭部(「まさゆめ」というのだそうだ)を見て僕の頭に浮かんだのは、『未来惑星ザルドス』というSF映画*2だった。
他にもルドンの「海の守護霊」*3とか中国の「
要するに空を飛ぶ頭部はある種のアーキタイプ(archetype)みたいなものであって、だからこそチーム・メンバーが夢に見たりもするのだし、ホラーマンガやSF映画に登場して畏怖感なり恐怖感なりを比較的容易に喚起しもするのだろう。特定の作品に還元できるようなアイディアではないと見てよいのではないか。つまり、少なくとも「まさゆめ」の場合、一つの典拠に還元して捉えようとするのは、万が一仮に制作者に剽窃の意図があったとしても*5、鑑賞の筋としてよろしくないのではないか。
特定の表現の中に自分の知っている典拠を見出すのってそれ自体愉しいことではある。でも、そういうものを見つけなければしかじかの表現の理解がなされ得ないというわけでもないように思う。逆に、実は原型的なイメージを作品の独自性を形作るものと誤解し、同様のイメージを用いた作品に剽窃の疑惑をかけるというのは滑稽で無礼ということになるだろう。あるいは、たとえば西脇順三郎を読むに先立って、新倉俊一『西脇順三郎全詩引喩集成』をマスターして典拠をわきまえることが読者の義務であるかのように語るのは事大主義に過ぎないだろう*6。
典拠漁りは、場合によってはうっかりすると典拠の底なし沼にハマることにもなりかねない。そのあたりは「バベルの図書館の『あったかいんだからぁ♪』の狸2世」で取り上げたクマムシの「あったかいんだからぁ♪」のことを考えてもわかるんぢゃないか。
というわけで、だから何がどうということもないのだけれど、「ここしばらくの、実質的な、あるいは名実揃ったヒトの首の飛び具合をあの気球は予言しておったのだ。おかげで五輪(をめぐる議論)も盛り上がって、当初の気球表現の狙いも果たされたのである」といったあたりをとりあえずの結論ということにしておく\(^o^)/。
ふろく、その他
例によって、結局使わなかったアレコレを少々。
突如東京の空に巨大な人の頭が出現して気味悪がられていますが、同じようなことは明治12、3年頃にもありました。それは「浅草蔵前の女人形」と呼ばれた巨大な女性像です。人家の屋根の上に突き出た頭部がやはり不気味ですね。#古写真 https://t.co/BWMOX57U9k? pic.twitter.com/wo7P7rcM09
— むかしもん文庫 (@MukashimonBunko) July 16, 2021
空に浮かんでいなくとも、似たような効果を発揮したのかもね。
“Day with a Man’s Face Floating in the Sky” (2013–14)https://t.co/vQa8XHuGFv pic.twitter.com/zK1iGBxSCi
— Spoon & Tamago (@Johnny_suputama) July 16, 2021
これを目にしたときには、すわ「まさゆめ」はこいつの剽窃だったかとの疑いが頭をかすめたのだけれど、リンク先を確認したら「まさゆめ」と同じチームの作品だった。あらま。しかし、このときは何を盛り上げようとしていたのだろう。
#まさゆめ pic.twitter.com/CviIzty6n3
— にくや (@nikuya298) July 16, 2021
こういうのもあったのかぁ。ハッシュタグを見ればわかるように、今回のプロジェクトを意識したツイートから。
東京五輪を盛り上げる巨大な顔 pic.twitter.com/LPYE6UjvmS
— kinokuniyanet (@kinokuniyanet) July 17, 2021
東京上空に「巨大な顔」 pic.twitter.com/wpeXCBicDC
— kinokuniyanet (@kinokuniyanet) July 19, 2021
これはなかなか。こういうのは剽窃なんかぢゃなくて、よく出来たパロディということになるわけですね。「巨大な顔」という添えられた言葉も気が利いている。この場合は、表現の拠って来るゆえんも知っておかないと愉しめないわね。
立ち読み課題図書、その他
8月6日発刊。
7月28日。タイトルに若干の不安を覚えなくもないけれど、この書き手さんならたぶんおもしろい話が読めるだろう。
8月23日。同編著者の『街の人生』(勁草書房)がめざましくおもしろかったから気にならないわけがない。ただし、カラッケツのスカンピンなので夏中に手を出すかどうか。
*1: 「恐怖マンガ『首吊り気球』まさかの無料公開。東京上空に「巨大な顔」が出現してトレンド入り」(ハフポスト)。
*3:cf. google:ルドン 海の守護。
*4:cf. google:飛頭蛮。
*5: まず間違いなくそんな意図はないと思うけれど。
*6: もちろん知れば愉しみが増すことだってあるに違いないだろうけれど。