カッコつけたり、つけなかったり
またしても、どうでもいい話を一つ。
2月11日、老舗米菓メーカー・三幸製菓の新潟県北部にある荒川工場で起こった火災事故。同社の従業員など複数の関係者が、防火体制に問題があったと「週刊文春」の取材に語った。
三幸製菓は煎餅の「雪の宿」や「ぱりんこ」で知られ、亀田製菓に次ぐ業界第2位だ。現在は創業家の佐藤元保氏がCEOを務める。
「焼け跡にはバイトの女性4人と、従業員とみられる男性2人の遺体があった。女性は防火シャッター前で見つかっており、逃げ遅れたと思われる。アルバイトへの避難訓練をしていなかった点も問題視されている」(社会部記者)
最終的に6名もの犠牲者を出した火災がどうでもいいことだ、というのではもちろんない。ただ取り上げたいのは火災のことではなくて、《三幸製菓》とカギ括弧との取り合わせのこと。
どういうことか。
これを書いている現在(2022年2月24日)、リンクが今も辿れるものの中からテケトーに選んだ報道を以下に挙げてみる。一通り目を通していただければ、どういうことかも、おおむねご理解いただけるものと思う。
- 「三幸製菓」工場で火事 4人死亡2人と連絡とれず 新潟・村上市(2022年2月12日) - YouTube
ANN。見出し中《三幸製菓》はカギ括弧に括られている。概要欄ではしかし、《火事があったのは、村上市長政の三幸製菓荒川工場です》のようにカギ括弧は用いられない。映像中のキャプションでは《三幸製菓》は現れない。
- 米菓工場火災、5人死亡 新潟・村上「三幸製菓」 - YouTube
共同。見出し、概要欄、映像中のキャプションのすべてにわたって《三幸製菓》はカギ括弧で括られている。
- 三幸製菓の工場火災 5人死亡2人不明 新潟・村上市(2022年2月12日) - YouTube
ANN。見出し、概要欄、映像中のキャプションのすべてにわたって《三幸製菓》はカギ括弧なし。
- 「雪の宿」の三幸製菓工場で火災 5人死亡 新潟・村上 - YouTube
毎日。見出しでは《三幸製菓》にカギ括弧は用いられていない。概要欄では《11日午後11時50分ごろ、新潟県村上市長政の米菓製造大手「三幸製菓」荒川工場から出火したと、警備会社を通じ通報があった》のようにカギ括弧で括られている。漢字の連続を嫌ったのか? 映像中のキャプションも概要欄と同様。
- 【速報】三幸製菓工場を実況見分 5人死亡火災で新潟県警 - YouTube
共同。見出しはカギ括弧なし。概要欄はカギ括弧あり。キャプションは画面右上の見出しっぽいものにはカギ括弧はないが、画面下部のものには《5人が死亡した「三幸製菓」の工場火災で……》というように漢字の連続が見られないにもかかわらずカギ括弧が用いられている。
- 三幸製菓工場を実況見分、新潟 県警、不明の1人捜索続く | 共同通信
共同。テキストのみの報道にも同じような混乱(?)はある。見出しではカギ括弧が用いられていないが、本文では《新潟県村上市の米菓製造「三幸製菓」の工場で出火し5人が死亡した火事で、県警と消防は13日、全焼した建物を実況見分した》のようにカギ括弧が用いられている。
- 三幸製菓工場を実況見分 5人死亡火災で新潟県警 - YouTube
共同。見出しにはカギ括弧なし。概要欄では《新潟県村上市の米菓製造「三幸製菓」の工場で出火し5人が死亡した火事で、県警と消防は13日、全焼した建物を実況見分した》というふうにカギ括弧あり。映像中のキャプションでは、冒頭の画面下部に現れる見出し的なものには用いられていないが、概要を説明する形で現れるキャプションでは概要欄と同様の文章が表示され、やはりカギ括弧が用いられている。
- 「三幸製菓」が全工場で生産停止 | 共同通信
見出し・本文ともにカギ括弧あり。
- 消防設備、20年「改善」と報告 三幸製菓工場、4人は焼死 | 共同通信
小見出しにカギ括弧はない。本文では、冒頭《新潟県村上市の米菓製造大手「三幸製菓」荒川工場で起きた火災で、消防が2020年9月に同工場に立ち入り検査した際、五つの消防用設備で軽微な不備が見つかっていたことが14日、地元消防への取材で分かった》とカギ括弧、末尾《一方、三幸製菓の担当者が取材に応じ、火災後に停電が起きていたことを明らかにした。「避難に影響があったのかは分からない」としている》とカギ括弧なし。漢字の連続を嫌ったということか?
- 6人死亡の三幸製菓火災、従業員「アルバイトは訓練に参加せず」…避難口わからず逃げ遅れたか : 社会 : ニュース : 読売新聞オンライン
見出しにカギ括弧は用いられていないが、本文では《新潟県村上市の米菓製造大手「三幸製菓」荒川工場で11日夜に発生した火災で、14日に焼け跡から身元不明の遺体が新たに見つかり、犠牲者は計6人となった》のようにカギ括弧が用いられている。漢字の連続を嫌った(?)パタンか。
- 元従業員「避難経路の説明なく・・・」 6人死亡の工場火災 「三幸製菓」に家宅捜索(2022年2月16日) - YouTube
ANN。見出しにはカギ括弧あり。概要欄は《11日深夜に発生した新潟県村上市にある「三幸製菓」の工場火災。これまでに焼け跡から、6人の遺体が見つかっています》のように用いられていたり、《こういった証言があったことについて、三幸製菓側は・・・》というように用いなかったり。映像中のキャプションは、冒頭画面下の見出し的なものにはカギ括弧がつくが、以降の説明キャプションにはカギ括弧がない。
- 三幸製菓 - Google Search
ニュース検索。すべてチェックなんか出来っこないというかやる気もないのだけれどごく大雑把な観察では、新しい報道ほどカギ括弧が少なくなる傾向があるような感触あり。
網羅的な調査ではまぁーったくないので、ここで何かの結論を出すつもりはないのだけれど、カギ括弧、割といい加減につけたりつけなかったりするのかな、という印象。ごく一部に関して云えば、漢字の連続による読みやすさの低減を恐れ、《三幸製菓》を際立たせるために用いたのかなと思えるものもないではないけれど、それはこちらの忖度に過ぎないしなぁ。
僕自身、括弧類の使い方は、ごく標準的な使い方以外では揺れて定まらないところがあるのは自覚していて、だからして
ことのついでに……
そういえば、「つげ義春さん『自分なんかでよいのだろうか』 芸術院会員選出に驚き」(朝日新聞デジタル)に引用されていた文化庁の資料中でのカギ括弧もムズムズ違和感を醸すものだったのだった。
文化庁の発表資料では推薦理由について、「人間存在の不条理や世界からの疎外を垣間見せる『文学的な』表現によって、自己表現としてマンガを捉える青年たちに絶大な影響を与えた」「美術と文学の世界からも高い評価を集め、その作品を読み解く試みを誘発してマンガ評論の発展にも影響を及ぼした」などとしたうえで、「まさに『芸術』としてのマンガ表現において日本を代表する作家」としている。
発表資料からの引用がカギ括弧で示されているために、原資料中では普通のカギ括弧が用いられていたであろうところが二重鉤括弧になっている。これを原資料と同様に示せば《人間存在の不条理や世界からの疎外を垣間見せる「文学的な」表現によって、自己表現としてマンガを捉える青年たちに絶大な影響を与えた》、《まさに「芸術」としてのマンガ表現において日本を代表する作家》となるだろう*1。この場合のカギ括弧は、どういう用法と考えるのが妥当なのだろう?
実のところ、この場合、カギ括弧はいらないと見るのが適当であるように思える。
一般的なカギ括弧の用法はだいたい以下のようなものである。
- 会話文
発言内容をカギ括弧で括る。説明しなくてもいいよね、このへんは。
- 引用文
比較的短い引用であればカギ括弧で括って文中に書き込んぢゃうパタン。
- 皮肉・厭味
世に謂うところの……という感じで用いる。
- 著作物名
これも説明の必要なし、かな。著作物というより出版物というとこいらが重くみられる場合には『』を使う。e.g. 萩原朔太郎「殺人事件」『月に吠える』所収
- 強調
うーん、世の中ではそう云われるんだけれど、ストレートな強調に用いられることは滅多にない。大学入試の現代文なんかでも、用法が問われてこれが正解になるパタンなんてまずない。というかまぁ用法を問う問題がそもそも激レアっちゅうところですけれど^^;。強調表現ならば、太字にするか斜体を用いるかというのがまず採るべき表現ぢゃないか。さもなければ傍点を付す。HTMLだって強調表現で「em」なり「strong」なりのタグ*2を用いると主要ブラウザでは斜体と太字で表示される。
- 商標名
これも挙げられることがあるけれど、それほど日常的に目にすることってないんぢゃないかなぁ。いちいち括らずそのまま書いちゃうのが慣例になっていないかしら? 《三幸製菓》のカギ括弧もこれを意識したものも中にはあったんだろうか?
発表資料中のの《「文学的」》とか《「芸術的」》とかは一体どの用法に当てはまることになるんだろうか。会話文・引用文・著作名・商標名でないことは即座に判断できる(よね?)。すると残るは皮肉・厭味か強調かということになる。推薦文だから皮肉・厭味であるはずはなかろうということで、まぁ強調なんだろうと忖度するよりないのだろう。けれど、ここってそういう強調がことさら必要なところだろうか?
と、そんなこんなで、発表資料のカギ括弧、どうにも皮肉・厭味の含みをにじませているように見えて仕方ない。そのへん、無理矢理の云いがかりでもないつもりなんだが。
とはいえ、やっぱりそんなことを気にして文句を書きつけてみたところで、何の足しにもなりゃしませんね\(^o^)/。
3月15日刊行予定。
約物の使い方について、どの程度の扱いがあるのかは知らないのだけれど、まったく扱わないというわけにもいかないんぢゃないかと思う。
立ち読み課題図書、その他
3月3日刊行予定。