本日の備忘録/北一輝版「日本語が滅びるとき」

 笑っちゃいけないのだろうけれど、ついつい頬が緩んでしまう。一体このヒトたちは日頃どういうふうに意思疎通を図っていたのやら、ノイズの有無にかかわらず、いささか怪しく思われて来ないでもない。

 

 音声の出処、再生ページに記述がない。ずいぶん昔、同じ録音がNHKのテレビ番組で流されていた記憶がある。たぶん、そのへんなのかなぁ。

 ただし、ここでの北の声は、本人のものではなく探りを入れようとしたなりすまし憲兵のものだったんぢゃないかという話もある。再生ページのコメント欄にも似たようなことが書き込まれている。ホントのところ、どうなんですかね。

 

 というような前フリはさておき、本題はその北 一輝の日本語観。

と、つい思いつきでtweetしたものの、例によっていい加減な記憶によるものなので、内容の正確に不安なきにしもあらずのアリアリ。しかし、北 一輝なら青空文庫にだって北一輝「日本改造法案大綱」くらいはあるのだし、エスペラントの話が出ていたのも「大綱」だったはず……。というわけで、以下確認。

 「大綱」中の「卷六 國民ノ生活權利」の「國民教育ノ權利」にエスペラントの話は見つかった。「英語ヲ廢シテ國際語エスペラントヲ課シ第二國語トス。」とあり、註釈にその理由が記されている。

註三。一切ニ亙リテ英語ヲ廢スル所以。英語ハ國民教育トシテ必要ニモ非ズ、又義務ニモ非ラズ。現代日本ノ進歩ニ於テ英語國民ガ世界的知識ノ供給者ニアラズ。又日本ハ英語ヲ強制セラルル英領印度人ニ非ラズ。英語ガ日本人ノ思想ニ與ヘツツアル害毒ハ英國人ガ支那人ヲ亡國民タラシメタル阿片輸入ト同ジ。只英語ホド普及セズシテ而モ英語思想以上ニ影響ヲ與ヘタル獨乙語ニ依リテ其ノ害毒ノ緩和セラレタル天裕ヲ有スルノミ。英語國民ノ淺薄ナル思想ヲ通ジテ空洞ナル會堂建築トシテ輸入サレタル基督教。人格權ノ歴史的覺醒タル民主々義ガ哲學的根據ヲ缺如シタル民本主義トナリテ輸入サレツツアル「デモクラシー」。英米人ノ持續セントスル國際的特權ノタメニ宣傳サレツツアル平和主義非軍國主義ガ、其ノ特權ヲ打破センガ爲メニ存スル日本ノ軍備及ビ戰鬪的精神ニ對スル非難トシテ輸入サレツツアル内容皆無ノ文化運動。單ニ是等ヲノミ視ルモ一利ニ對シテ千百害アルコト阿片輸入ノ支那ヲ思ハシム。言語ハ直チニ思想トナリ思想ハ直チニ支配トナル。一英語ノ能否ヲ以テ浮薄輕佻ナル知識階級ナル者ヲ作リ、店頭ニ書册ニ談話ニ其ノ單語ヲ捜入シテ得々恬々トシテ恥無キ國民ニ何ノ自主的人格アランヤ。國民教育ニ於テ英語ヲ全廢スベキハ勿論、特殊ノ必要ナル專攻者ヲ除キテ全國ヨリ英語ヲ驅逐スルコトハ、國家改造ガ國民精神ノ復活的躍動タル根本義ニ於テ特ニ急務ナリトス。

註四。國際語ヲ第二國語トシテ採用スル所以。而シナガラ實ニ他ノ歐釆諸國ニ見ザル國字改良漢字廢止言文一致羅馬字採用等ノ議論百出ニ見ル如ク、 國民全部ノ大苦惱ハ日本ノ言語文字ノ甚ダシク劣惡ナルコトニアリ。其ノ最モ急進的ナル羅馬字採用ヲ決行スルトキ、幾分文字ノ不便ハ免ルベキモ言語ノ組織其者ガ思想ノ配列表現ニ於テ悉ク心理的法則ニ背反セルコトハ、英語ヲ譯シ漢文ヲ讀ムニ凡テ日本文ガ顛倒シテ配列セラレタルヲ發見スベシ。國語問題ハ文字又ハ單語ノミノ問題ニ非ズシテ言語ノ組織根底ヨリノ革命ナラザルベカラズ。而シテ不幸ナル幸ハ中學教育ニ英語ヲ課シ來レル慣習ノ爲ニ、其ノ程度ノ教育者モ被教育者モ、何等カノ言語ヲ習得スベキコトヲ必須的ニ確信セルコトナリ。國際語ノ合理的組織ト簡明正確ト短日月ノ修得トハ世人ノ知ル如シ。成年者ガ三月又ハ半年ニテ足ル國際語ノ修得ガ、中學程度ノ兒童一二年ニシテ完成スベキコトハ、英語ガ五年間沒頭シテ尚何ノ實用ニ應ズル完成ヲ得ザル比ニアラズ。兒童ハ國際語ヲ以テ國民教育期間中ニ世界的常識ヲ得ベシ。而シテ歐米ノ革命的團體ハ大戰ノ遙ニ以前此レヲ以テ國際語トセント決議セシ程ノ者。最モ不便ナル國語ニ苦シム日本ハ其ノ苦痛ヲ迯ルルタメニ先ヅ第二國語トシテ並用スル時、自然淘汰ノ理法ニヨリテ五十年ノ後ニハ國民全部ガ自ラ國際語ヲ第一國語トシテ使用スルニ至ルベシ。從テ今日ノ日本語ハ特殊ノ研究者ニ取リテ焚語「ラテン」語ノ取扱ヲ受クベシ。

註五。國際語ノ採用ガ特ニ當面ニ切迫セル必要アリト云フ積極的理由。下掲國家ノ權利ニ説ク如ク、日本ハ最モ近キ將來ニ於テ極東西比利亞濠洲等ヲ其ノ主權下ニ置クトキ、現在ノ歐米各國語ヲ有スル者ノ外ニ新タニ印度人支那人朝鮮人ノ移住ヲ迎フルガ故ニ、殆ド世界凡テノ言語ヲ我ガ新領土内ニ雜用セシメザルベカラズ。此ニ對シテ朝鮮ニ日本語ヲ強制シタル如ク我自ラ不便ニ苦シム國語ヲ比較的好良ナル國語ヲ有スル歐人ニ強制スル能ハズ。印度人支那人ノ國語亦決シテ日本語ヨリ劣惡ナリト云フ能ハズ。此ノ難問題ハ實ニ三五年ノ將來ニ迫レル者ナリ。主權國民ガ西比利亞ニ於テ露語ヲ語リ濠洲ニ於テ英語ヲ語ル顛倒事ヲナス能ハザルナラバ、日本領土内ニ一律ナル公語ヲ決定シ彼等ガ日本人ト語ルトキノ彼等ノ公語タラシメザルベカラズ。劣惡ナル者ガ亡ビテ優秀ナル者ガ殘存スル自然淘汰律ハ日本語ト國際語ノ存亡ヲ決スル如ク、百年ヲ出デズシテ日本領土内ノ歐洲各國語、支那、印度、朝鮮語ハ亦當然ニ國際語ノタメニ亡ブベシ。言語ノ統一ナクシテ大領土ヲ有スルコトハ只瓦解ニ至ルマデノ槿花一朝ノ榮ノミ。

北一輝「日本改造法案大綱」(青空文庫)、強調引用者

 目を惹くのは、やっぱり強調箇所かなぁ。

「註三」あたりは、うっかりすると現在でもそのヴァリアントみたいな話を耳にしないでもないような気がしないでもない。しかし、とくに「註四」あたりからは、いくらなんでもぢゃないかなぁ。「國民全部ノ大苦惱ハ日本ノ言語文字ノ甚ダシク劣惡ナルコトニアリ」ですかぁ\(^o^)/。漢字も仮名も今よりは面倒な時代だったことを考えても、果たしてそいつぁどうなんだってところだし、ダメダメな理由が「英語ヲ譯シ漢文ヲ讀ムニ凡テ日本文ガ顛倒シテ配列セラレタルヲ發見スベシ」ってなところなのぉ? 挙げ句が「自然淘汰ノ理法ニヨリテ五十年ノ後ニハ國民全部ガ自ラ國際語ヲ第一國語トシテ使用スルニ至ルベシ」\(^o^)/。「註五」も、大陸進出その他拡張政策に都合がいいからってんぢゃぁ、ザメンホフ*1も草葉の陰で泣いちょるよ。

 

 本件、深入りするつもりはない。とはいえ、「ファシスト聖典」と呼ばれることもあるらしい「大綱」なのだけれど、当時の日本のファシストさんの言語観、ひいては文化観がどのようなものだったのか、あれこれ気になる話ではある。

 とまぁ、そんなこんなで、とりあえず、tweetした限りのところは大過なしというところでおしまい。

 

 本件、この本のラストのほうで初めて知ったのだったと思う。

 しかし、マケプレ価格、ずいぶんお高うございますね。古本屋を回れば、安いところだと500円前後で出喰わすこともないではない。

 引用されるアレヤコレヤを目にするだけでも充分おもしろい。興味がおありなら、たぶん必読だと申し上げておいていいんぢゃないかな。