1871年のピンボール

 先月末のBBCニュースから。「Pinball Paradise: Museum boasts Europe's largest collection」(BBC News) はてなブックマーク - BBC News - Pinball Paradise: Museum boasts Europe's largest collectionBBC Newsのサイトにも同じヴィデオとハンガリーピンボール博物館についての簡潔なテキストがおいてある。

 ピンボールの収集家や収集施設が報道に登場するときって、たいていの場合オーナーはそれなりの歳のおっさんなんだけれど*1、ここのヒトはおっさんというよりにいちゃん。にいちゃんなのに、おっさんたちより穏やかな語り口がまたいい感じ。いい感じのにいちゃんだけぢゃなくて、19世紀のピンボールマシンまでが顔を出すのには驚いた。

 よくわからないのだけれど、このピンボールマシン、ヴィデオでは「キューをピンに換えたんでピンボールになったんだ」みたいなことを云っているけれど、これはどういうことかしら。キューといえばビリヤードの玉突き棒のことでしょ? そこがピンに換えられたということは、キャビネット右にあるボールのランチャー*2、バネ付きキューみたいなやつが「ピン」と呼ばれるものだということなのか。とすると、それ以前の似たような遊戯装置は、キューで玉を突いて愉しまれていたということなのか。

 迂闊なことに、この話に触れるまで「ピンボール」の「ピン」が何に由来するものなのか、まったく考えたこともなかったことに気づかされるという為体、いやはや、やれやれ。

 

 このへん、「ピンボール」(Wikipedia、日本語版) はてなブックマーク - ピンボール - Wikipediaには記述がない。ヴィデオで語っているところが間違いのないところであるとするなら、「ピン」は「ピンボール」成立の重要なポイントだということになる。日本語版ウィキpでは、どうも記述の範囲を「近代ピンボール」に限定しているつもりらしいのだが、その限定の必然性も見えない。もちろん、みんなで知識を持ち寄って書かれるのがウィキpなんだから、知識の持ち主がいなければ書きようがないのであって、そこいらへんは仕方がないところ。でも、なんとなく「近代ピンボール」という表現がごまかし臭くて厭だなぁ。

 「Pinball」(Wikipedia) はてなブックマーク - Pinball - Wikipedia, the free encyclopediaの「History」は、グッと話がていねいになっている。内容の当たり外れはわからないけれど、なんとなく関係ありそうな「Late 1700s: Spring launcher invented」のところを読んでみる。

In France, during the long 1643–1715 reign of Louis XIV, billiard tables were narrowed, with wooden pins or skittles at one end of the table, and players would shoot balls with a stick or cue from the other end, in a game inspired as much by bowling as billiards. Pins took too long to reset when knocked down, so they were eventually fixed to the table, and holes in the bed of the table became the targets. Players could ricochet balls off the pins to achieve the harder scorable holes. A standardized version of the game eventually became known as bagatelle.

 ピンボールの祖先はバガテル経由のビリヤードだったということか。しかし、ここで語られているピンは、ボールを打ち出す装置ではなく、ボールによって倒されるべき標的ではないか。ピンを立て直すのに手間がかかるのでピンはボールを跳ね返すためのものとし、盤面に穴を掘ってより高い配点が設定された穴を狙うゲームとなったというのは、スマートボール*3みたいなもんか。

 上に引いたものの次の段落に「Spring launcher」の話が登場するのだが、ランチャーが「ピン」と呼ばれたようなことは書かれていない。

Somewhere between the 1750s and 1770s, the bagatelle variant Billard japonais 'Japanese billiards' was invented (in Western Europe, despite the name), which used thin metal pins and replaced the cue at the player's end of the table with a coiled spring and a plunger. The player shot balls up the inclined playfield toward the scoring targets using this plunger, a device that remains in use in pinball to this day, and the game was also directly ancestral to pachinko.

と、代わりに話はヨーロッパで発明されたらしいパチンコのご先祖様に飛ぶことになる*4。でも、このマシンの直接の影響が現在のピンボールマシンにどう及んでいるかははっきりしない。

 ヴィデオに登場していた1891年のピンボールマシンと関わりがある記述は、上に続く「1869: Spring launchers become mainstream」に登場する。

In 1869, British inventor Montague Redgrave settled in the US and manufactured bagatelle tables in Cincinnati, Ohio. In 1871 Redgrave was granted US Patent #115,357 for his "Improvements in Bagatelle", another name for the spring launcher that was first introduced in Billard japonais. The game also shrank in size to fit atop a bar or counter. The balls became marbles and the wickets became small metal pins. Redgrave's popularization of the spring launcher and innovations in game design are acknowledged as the birth of pinball in its modern form.

 あぁ、ここで登場している「Redgrave」が

なんだな、きっと。ただし、キューが置き換えられたのはバネ式のランチャーであってピンではないということか*6。今の僕たちの語感からするかぎり、「ピン」がボールのランチャーを指すものだとはちょっと思えないよなぁ。

 また、このウィキp説明はヴィデオのいう「このデザインは、バーやカジノではなくて家庭向けなんだよね」というのとも話は違っている。カジノは関係ないかもしれないけれど、たしかにこういう遊具があるバーってありそうな感じはするもんなぁ。うーん。ただし、これはどちらが誤っているのかはわからない。

 

 気になるのは、この時点で「ピンボール」という名称が用いられていたかどうか。現在の私たちが歴史を振り返って、これを「ピンボール」の本格的な始まりだと見なす/見なさないのは勝手な話、好きなヒトが好きにすればいい。でも、当時のヒトが「ピンボール」と呼んだかどうか、呼んだとしてゲームのどういうところに目を向けてそう呼んだかは、史料を元に判断できるはずだと思うんだけれど。

 「ピンボール」の「ピン」の由来を知ろうと考えるとき、つまりはこのゲームのどんなところにヒトビトの目が向けられていたのかを考えるとき、そこいらへんってそれなりにって程度には重要なポイントの一つぢゃないかという気もするんだけれど、うーん、そうでもないかなぁ\(^o^)/。

 今の僕たちがピンボールに夢中になるとき、神経をとくに集中するのはフリッパーだろう。落ちてくるボールをボタン操作で盤面に打ち返すヤツ。だから、「近代的ピンボール」云々という話になると「フリッパー・ピンボール」という云い方がなされることもある。それと同じようにフリッパー以前のピンボールピンボールと呼ばれる所以って、もちっと気にされていいことなのかもしれないって気がしてくる。まぁ、今の今まで全然気にして来なかったヤツが今さらそんなこと云ったってねぇ、って感じではございますがぁ\(^o^)/。

 

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*1:e.g. 「Collector's Pinball Passion Lights Up Seattle」(AP、YouTube) はてなブックマーク - Collector's Pinball Passion Lights Up Seattle - YouTube「Pinball wizard Tim Arnold shows off his Las Vegas museum」(BBC News) はてなブックマーク - BBC News - Pinball wizard Tim Arnold shows off his Las Vegas museumなど。

*2: 「プランジャー」と呼ぶほうが普通かしら。cf. 「ピンボール教室 - 用語集」(pinball.co.jp) はてなブックマーク - ピンボール教室 - 用語集/pinball.co.jp

*3: 「スマートボール」(Wikipedia) はてなブックマーク - スマートボール - Wikipediaの項目を見たらば、上に引用したのとほぼ同様の記述が登場していた(2015年3月4日確認)。しかし、《キューを使ってボールをゲーム盤上の穴に入れるゲームが現在のビリヤードとなっていく過程では、穴の数や位置が様々に変えられたり、盤上に木製の柱(ピン)が立てられるなど、さまざまなバリエーションが作られた。1777年、フランスのバガテル城 (Château de Bagatelle) で開かれた、国王ルイ16世が出席してのパーティで、ピンが立てられたビリヤードの台を傾け、キューを右下に固定したゲーム盤が披露された。このゲームはバガテル城の名を取り、「バガテル」 (Bagatelle) と呼ばれた》というその記述では、ビリヤードのほうがこのゲームの子孫ということになる。うぬぬっ。というわけで、「ビリヤード」(Wikipedia) はてなブックマーク - ビリヤード - Wikipediaを覗いてみると、《なおビリヤードから派生・分化したゲームとしてはバガテル、ピンボールスマートボールアレンジボール、パチンコなどが存在する。詳細については各項目の歴史などを参照》とある\(^o^)/。ということはつまりスマートボールの項目にあった「キューを使ってボールをゲーム盤上の穴に入れるゲーム」は、「Pinball」(Wikipedia) はてなブックマーク - Pinball - Wikipedia, the free encyclopediaでいう「billiard」であり、現代のビリヤードも含むその他あれこれのご先祖様、「原-ビリヤード」とでも呼ぶべきものってなことになるんだろうか。しかしその昔には「ビリヤード」という名称はあったんだろうか。このへんは本格的に調べないとはっきりしなさそうだなぁ。うーん、まぁ当分パスだな。

*4: ただし、このへん、「パチンコ」(Wikipedia) はてなブックマーク - パチンコ - Wikipediaではまったく確認できない。この項目の「歴史」は、《1925年頃に大阪で横型コリントゲームを改良したものがパチンコの発祥との説があるが、専門家によると実際にはヨーロッパから輸入されたウォールマシンが日本で広まったものがパチンコの起源であるとされる》という記述で始まっている。この点は、「Pachinko」(Wikipedia) はてなブックマーク - Pachinko - Wikipedia, the free encyclopediaでは、《Pachinko machines were first built during the 1920s as a children's toy called the "Corinth game" (コリントゲーム korinto gēmu?), based on and named after the American "Corinthian bagatelle". Another likely inspiration was the Billard japonais, 'Japanese billiards', invented in Western Europe during the 18th century. It emerged as an adult pastime in Nagoya around 1930 and spread from there. All of Japan's pachinko parlors were closed down during World War II but re-emerged in the late 1940s. Pachinko has remained popular since; the first commercial parlor was opened in Nagoya in 1948. As a country influenced by Japan during its occupation, Taiwan has many pachinko establishments》となっていて、あたかも現在のパチンコに結びついているかのような記述はあるものの、18世紀のパチンコの「ご先祖様」が現在のパチンコとどうつながるかについての具体的で明瞭な記述は見当たらない。ウォールマシンについては、ウィキpに項目はないが、「パチンコ物語」(ネクスト・ヴィンテージ館) はてなブックマーク - パチンコ物語 | ネクスト・ヴィンテージ館が参考になる。発明年代はウェブを漁ると複数出て来るが、20世紀のごく初期であることは間違いないようだ。したがって、「Japanese billiards」とは関係がなさそうでもある。うーん。ウォールマシンがどんなふうにパチンコに変化していくかについては、さらに吉田敬介「大正末期から昭和初期の国産遊技機(パチンコ台のルーツを訪ねて)」(日本機械学会誌 2012. 10 Vol. 115 No.1127、PDFファイル) はてなブックマーク - が興味深い。

*5: 「Pinball paradise at the heart of Europe - BBC News」(YouTube) はてなブックマーク - Pinball paradise at the heart of Europe - BBC News - YouTubeよりキャプチャしてトリミング。

*6: ウィキpの説明を読んだ後では、ヴィデオの言葉はひょっとして少し違う意味で語られていたのかも、という気がして来なくもない。キューでボールを弾くこととピンに当たって弾かれることが頭にあったのかもなぁ。手わざによるコントロールの技術を放棄して、物理法則に従ってはいるんだろうけれど手わざによるコントロールの及び難い半ば以上の偶然の運任せを選んだところにピンボールは成立したのだというと何となくカッコよく聞こえてこないでもないかなぁ。ただ、それだけであれば、1871年以前のゲームにも当てはまることだしなぁ。うーん、やっぱりよくわからんなぁ。取材したBBCの記者さんは疑問に思わなかったのかなぁ。天下のBBCのことだもの、ピンボールに詳しい記者さんがいるんぢゃないかと思うんだけれど。今はもう更新停止になっちゃったとはいえ、「Pinball」 はてなブックマーク - BBC - Scotland - Pinballなんてなページもあるわけだしぃ(違。