本日の備忘録/夏目漱石「私の個人主義」

20131128120515

 いったい国家というものが危くなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争のうれいが少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなってしかるべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すよりほかに仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。したがっていつどんな事が起ってくるかも知れない。そういう意味から見て吾々は国家の事を考えていなければならんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡めつぼうの憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束しょうぞくをつけて窮屈な思いをしながら、町内中け歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、――考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛そくばくし個人の活動を切りつめても、国家のために尽すようになるのは天然自然と云っていいくらいなものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、いつでも撲殺ぼくさつし合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。この点についても、もっと詳しく申し上げたいのですけれども時間がないからこのくらいにして切り上げておきます。ただもう一つご注意までに申し上げておきたいのは、国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません詐欺さぎをやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳にあまんじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。だから国家の平穏へいおんな時には、徳義心の高い個人主義にやはり重きをおく方が、私にはどうしても当然のように思われます。その辺は時間がないから今日はそれより以上申上げる訳に参りません。

夏目漱石「私の個人主義」(青空文庫) hatena bookmark、強調引用者

 国家と国家がなんだかかんだか口喧嘩している折に、たとえば10代のにいちゃんねえちゃんまでもがどちらか一方が正しく一方がよこしまであるかのような議論をしているのに接すると、なんだか情けない気分になる。対立する2つの立場があるとき、どちらか一方にくみせずにはいられないのがヒトの心理的傾向らしいとも聞くけれど、そういう生まれつきにただただ従うだけではヒトとして生まれついた甲斐がないというべきだろう。なけなしの理性かそのへんの何かを引っ張り出して眺めてみれば、たいていの場合、どっちもどっちどころかドイツモコイツモってな状態であるに決っているのであって、それ以外の状態が普遍的に存在しているかのように語る大人は、騙す気満々でいるのかあるいは単にオツムが足りないのかはわからないが、いずれ信用出来ないとあらかじめ決めてかかっておいても、まぁたまにしか間違いはない。だからして、どちらかにつかないヤツはヒトに非ずみたいな雑音に自ら進んで和するなどというお莫迦は仕出かさぬがよろしい。せめて仕出かす前にご自身で調べ、ご自身の頭も多少は使って考えてみる。本当にこれは自分の徳義心をうっちゃってまでして付和雷同しなければならないほどの騒動なのかどうか。

 このあたりらへん、具体的な話をするつもりはない。たいがい漱石先生の話で間に合っているからだ。

 

立ち読み課題図書、その他

世界の混乱 (ちくま学芸文庫)
アミン・マアルーフ
筑摩書房
売り上げランキング: 134,182
天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼 (ちくま学芸文庫)
飯野 亮一
筑摩書房
売り上げランキング: 27,049

 今月はちくま学芸文庫がアタリ月という感じ。とはいえ、我が懐の一足早い冬の訪れが……\(^o^)/