堺貼り紙・看板散歩/2020年ダイジェスト
それにしても今年はさっぱり歩かなかったな。とはいえ「貼り紙・看板散歩」の記事を1本も挙げない*1まま今年を終えるのも何となく気に喰わないというところでまぁ1本。
パチンコにも全国チェーン的なのがあることをこの貼り紙で初めて知った。グループのサイトを見ていると(パチンコ&スロット 123)、休業は休業として今年もなお新しい店舗をオープンさせたりしている。揶揄とか皮肉とかでは全然なく、素直にスゴいな、たくましいなと思う。
いろいろ写真に収めた貼り紙類はそれなりにあるのだけれど、店内側のガラス面に貼られたものできれいに撮れたものが全然ない。脱走ブームの折の手配写真も内側に貼られていてきれいに撮れなかったんだよなぁ、そういえば。
あと、これは実際にたしかめてみないと正確なところはわからないのだが、東京の貼り紙のほうが一般に文字サイズが大きかったような気がする。左側の「お客様へのお願い」の本文部分みたいなの、立ち止まって接近しなければ全部読むのはちょいと苦痛ぢゃないか。東京だと、この手の掲示物は歩きながらでもたいていホイホイ読めたような気がする。気のせいかな、それともこちらの加齢のせいかなと思わないでもないのだけれど。
インスタ映えの類がもてはやされる時代なのだから、貼り紙の傷みが気になるとしても店舗に関心を持ってもらうためには外側に貼っておいたほうがいいのではないか、文字サイズはもちっとデカいほうがよいのではないか、というような余計なお世話なことを考えたりする。
山之口商店街*2。がんばってほしいな、とこちらも思うのだけれど、この閑散とした具合ではなぁ。
上のと同じ日。
百舌鳥・古市古墳群、世界遺産に指定されてからすでに1年経っちゃった。なのに、こいつをまんま残しているのはちょいとがんばり具合に疑念を抱かざるを得ないぞ^^;。というかまぁこうも人通りが少ないとだれだって撤去するのが億劫になっちゃうよなぁ。うーん。
まぁ、アレです。アレのせいで生じた面倒はこれに限ったことではないのだけれど。
よくわからないのは、「イソジンうがい薬」に付された二重傍線の必要性。「です」だけが細字で書かれているという奇妙な工夫も理解の難しいものぢゃないか。「です」は省いて「売り切れ」だけでじゅうぶんに意は伝わる。伝えたいという以上の情動があるから余計なことも書きたくなるのかもしれない。余計な情動とはアレへの苛立ちみたいなものだ、と考えたくなるのはこちらの気分のせいか。
それにしても、薬局ってどうしてあんなに派手な色使いの貼り紙類が多いんだろうか。そんなチャラチャラした工夫(?)はいらない。それより薬の用途の類別がわかる図書館の分類みたいな方法があれば、もう少し落ち着いた気分で商品選びが出来ちゃうような気もするのだけれど……。ひょっとして、むしろ、冷静を失わせる効果でも狙っているんだろうか。ディスプレイの派手さに
何となく気になる雑な感じ。
本当はこんなものを書きたくなどないし、貼りたくなどないのだ。そういう気分が伝わってくる雑。
本文は全部で8字。4字ずつ2行に収めればバランスに破綻のない貼り紙になる。ハサミを使えばテープだってずっときれいにカットできる。そんなことは、冷静でありさえすればだれにでもわかる。それがそうならなかったということは、冷静ではいられなかったということだろう。なのに、「く」の挿入が挿入記号と並んでいる様など、図らざるユーモアみたいなものをそこはかとなく醸していて、なんだかかえっていよいよ切ないよなぁ。うーん。
堺に戻って来てからしばらくは看板には看板らしい何かが書かれていたはずなのだけれど、果たして何が書かれていたのか、まったく思い出せない。
そんなふうなアレヤコレヤ胡乱なまんま、今年もうかうかと過ぎて行ってしまうのだな。やれやれ、いやはや、だ。
立ち読み課題図書、その他
ここしばらくの個人的テーマであるはずのうまい餃子の作り方のマスター、いっかな進捗がない。堺の餃子消費額ランクも転落の一途という話らしいし。どちらも来年こそはなんとかしたいものである。
《世界最大の博物館群であるスミソニアン協会と、世界の自然史研究を主導するロンドン自然史博物館によるダブル監修》とはいえ、ちょっと手が出ないかなぁ。しかし、こういうのは立ち読みで済ますわけにもいかないしなぁ。うー。ボンビーはつらいぜぃ\(^o^)/
現在のところ、「Windswept Adan」(Ichiko Aoba - Topic、 YouTube)で試聴出来る。いい感じ。
*2:cf. google:山之口商店街