慌ただしい気配の中から唐突に記憶は始まっている。
鶯谷の信濃路、店内のブラウン管の湾曲したテレビ画面には永代橋袂あたりに集結した自衛隊戦車の隊列が映っている。しかし、問題の大蛸の群の接近に先立って、あたりの地表からあふれ出した謎の粘液にまみれて身動きの取れない状態だとアナウンサーは語る。そこで江川宇礼雄演ずるところの一の谷博士へのインタヴューに画面は切り換わり、「蛸どもの狙いは永代橋の破壊などではなく、近くに埋もれた江戸期のゴミ捨て場であることは間違いない。あらかじめそちらへ自衛隊のわずかに残る戦力は集中されねばなりません。そしてできるかぎり速やかにゴミ捨て場に一体何が隠されているかを調べ上げなければなりません」、そう語ったように僕には聞こえたのだが、どうも周囲はそうではなかったらしく、宗右衛門町がどうしたとか人形町が危ういとか昭和記念公園が崖崩れで……とかなんとか、てんで勝手なことを喋っている。あげくは場所をめぐる口論からたがいに胸ぐらをつかんで殴り合い寸前の男たちも出てくる始末。
これでは話にならないな、と店を飛び出ると、駅の方からKさんがやって来て、唐突に「俺はもうわかっているよ。あそこには蛸どもの卵が産みつけられているんだ。大事なのは大蛸どもの経路の分析だったんだよ。君らはそういう地道なところを端折って考えるからダメなんだ」と、こちらの肩をつかんで店内に改めて押し込もうとしてくる。「いえ別にそういうことで争うつもりはないのです。そもそもそんな問題、考えようとしたことさえありませんから」とか何とか抗弁するのだがまったく聞き入れてくれるようすはない。仕方ないなぁとため息をつきなら席に改めて腰をかけてみると、テレビ画面は見当たらず、店内のようすは一変して、なんだ、御徒町近くの大統領ではないか、ここは、といった具合。さてはもう僕たちは大蛸どもの術中にはまって身動きがとれないも同然ではないか。こんなことをしている場合ではない、と席と立とうとすると、Kさんはさっと僕の両肩を押さえ込んで着席させ「さぁ、蛸の卵の唐揚げだ」と云いながら、得体の知れない焦げ茶色のツルツルした表面を持つ球体が5つか6つか載った皿をテーブルに差し出す。「これを喰え。これさえ喰ってしまえばもうこっちのものさ。すっかり安心だ。安全なんだ。安心なんだ」と強調するのが何だかかえって怪しく、「こんなツルツルの唐揚げなんかあるはずないじゃありませんか。そもそもあなたは本当にKさんなんですかぁ?」と答えるとKさんの顔が妙な具合に震えながら歪み出し、あ、これはまずいことになったかもしれない、一の谷博士も登場したことだし、目の前の人物は実はKさんの躰を乗取ったケムール人ではあるまいか、いやしかし、それは夢の展開としてはウルトラQつながりの連想があるばかりで、まったく以て安直に過ぎるではないかと、迂闊にもこれが夢だと気づいていまい、目が醒めてしまったという
いつ見た夢を以て「初夢」とするかには諸説あるそうだが、個々人にとってはいつ見た夢であるにせよ、その年の最初に見、記憶に残ったものでなければ、どう転んだって「初夢」にはなりようがない。というわけで、今朝見たこれを以て今年の僕の「初夢」と認定する以外にない。「初夢」が今年の運勢のなにがしかに関わるものだとするならば、どうも今年も碌でもない年になりそうだ\(^o^)/。いやはや、やれやれ。
大蛸登場の悪夢といえば、Fiona Apple「Every Single Night」*1ということに決まっている。というか、大蛸と永代橋の取り合わせの淵源も実はこのMVにあるのではないかと睨んでいる。