本日の備忘録/空家変じて邸宅と成る

20211123114441

「邸宅」、ふつうはこうだよね

 どうでもいいような話を一つ。

 大阪地検は22日、昨年10月に邸宅侵入罪で在宅起訴した男性(30)について、起訴を取り消し、発表した。(以下略)

「大阪地検、邸宅侵入事件の起訴を取り消し 別の日の動画を証拠に」(2021年11月22日、朝日新聞デジタル、強調引用者)

 「建造物侵入」や「住居不法侵入」であればいくらでも見たことがあるけれど、「邸宅侵入罪」というのは初めてなんぢゃないだろうか。日常的な語感としては如何にも奇妙。

 下々の一般国民の住まいに忍び込む「住居不法侵入」するこそ泥なんぞはまぁ適当に罰しておけばよろしい。それよりも上級国民様のお屋敷に忍び込む、すなわち「邸宅侵入」を試みるような不逞の輩は厳罰に処すべし。というような扱いの違いが存在していそうな、法の下の平等が保証されているはずの私たちの社会にとっては、何やら不穏な呼び方だと思えて来る。

 こうなるとググらないわけには参らない。結果として、たとえば次のようなクイズに出喰わすことになる。

Q. 刑法130条で規定される「邸宅」という言葉の意味は次のいずれでしょうか?

  1. いわゆるお屋敷など、平米数が一定程度ある住居を意味する
  2. 空き家を意味する

「刑法で言う「邸宅」の意味は?」(Legalus)

 日常的な語感からすれば、「邸宅」は明らかに1.を意味する。しかし、これは日常日本語会話のクイズなのではない。とすれば……と勘繰りたくなってくるところだが、2.の選択肢、いくらなんでも「邸宅」と呼べるようなものとは思えない。まさか不動産屋の窓に「邸宅あります。駅から徒歩十分」との貼り紙があったとして、実際には20分歩いた末に出喰わすのがただのチッポケな空き家物件だとしたら、その不動産屋は、歩く時間はさておき、空き家を邸宅と偽る詐欺広告を出したカドにより訴えられたりしそうぢゃないか。はてさて。

 ところがどっこい豈図らんや、だ。

A. 正解(2)空き家を意味する

刑法130条で規定される住居侵入罪では、「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」とあります。

この条文では「人の住居」と「人の看守する邸宅」という言葉が出てきます。

前者は「人がいる場所。住んでいるところ」という意味があります。

後者は、別概念になり「人の看守する」というのは「人がいないけれども支配している」という意味になりますから、それにつながる言葉として規定される「邸宅」は「人がいないけれども支配下にある家」、つまりは空き家という意味になります。

ibid.

 法律の文言であっても「空き家」は「空き家」と表現されたほうがいいんぢゃないのか、というのは素人考えだろうか。空き家を「邸宅」と呼ぶ合理的な理由ってあるんだろうか。そのことで法律、もしくは法律家の権威が増すというものでもないだろうし。いやいや、そんなことはなくて、空き家が邸宅に化けるくらいには、法律の世界は魑魅魍魎の跳梁跋扈するところだと弁えれば、素人は専門家の前に平身低頭つき随うよりない、すなわち専門家の権威はますます以て弥が上にも高まりに高まるということなんだろうか。

 ググってウェブをうろちょろしていると、マンションの共有部分は「住居」なのか「邸宅」なのかみたいな素人には想像も出来ない議論にも出喰わす。まぁ、こういうのを「理屈が尽きない」、すなわち「理不尽」というんぢゃないかってな気になってくる。いやはや、やれやれ、だ。

 

立ち読み課題図書、その他

 人口減少に伴って、所有者不明の土地や空き家をどうするかが問題になっているという。「所有者不明」とか「空き家問題」とかというと、人口減少問題という如何にも景気の悪そうな問題がますます以て貧乏臭い話に感じられてしまうだろう。ここは、刑法の功徳を以てして「邸宅問題」と呼べば、なんだかいささかリッチな話であるかのように錯覚できなくもない、かもしれない。そうなれば、ヒトビトの関心も高まり、問題解決の緒もつかみやすくなること夢疑うなかれぢゃ。

 

 11月29日刊行予定。これは買わずばなるまいか。